第13部
(7)環境モデル都市 広がる新たな地域づくり

水俣市立水俣病資料館で開かれている「7人の写真家たち」展の作品を見つめる館長の吉本さん
 今は埋め立て地となった水俣湾入り口の明神崎に建つ水俣市立水俣病資料館。水俣病事件史を追い続けてきた写真家七人が、初めて一堂に会する写真展が四月末に始まった。のどかな漁村に襲いかかった悲劇を伝える八十点の作品に、見る人はくぎ付けになった。

 一九九三(平成五)年開館の資料館は、昨年の水俣病公式確認五十年を機に、それまで教科書のようだった展示を大きく変えた。患者支援の象徴だった「怨」の黒旗や水俣湾の水銀ヘドロ、患者の壮絶な半生を描く百十一枚のパネルも並べた。

 これらの企画を手掛けた館長の吉本哲郎さん(59)は「訪れた人の心を揺さぶって初めて水俣の経験が伝わる」と語る。九一年、市の企画課時代に初めて水俣病に携わった。そこであることに気付く。「水俣病の研究によそから多くの学者が来たが、私たちは全然詳しくならなかった。下手でもいいから自分で調べないと、問題点も解決方法も見えてこない」

 県職員とともに、水俣病患者・支援者の話を聞く一方、水俣病に偏見を持つ人とも議論した。住民自らが集落の自然や暮らしを調べる「地元学」を提唱し、足元にあるものを生かす地域づくりを模索。たどり着いたのは「環境モデル都市」という結論だった。

 「有機水銀というごみが海を汚し、魚を介して人の口に入ったのが水俣病。犠牲を無駄にしないため、世界でどこよりも水とごみと食べ物に気を付ける哲学と、その戦略が必要だった」

 市自らが環境管理システムの「ISO14001」を取得したのに始まり、環境に負荷をかけないモノづくりを奨励する「環境マイスター制度」、学校版ISOなど独自の環境政策を展開。全国各地の自治体が参加する「環境首都コンテスト」で、昨年まで二年連続で一位に輝いた。

 同市昭和町で畳店を営む一期崎智太郎さん(44)は「環境マイスター」二期生。「赤ちゃんがなめても大丈夫な畳」を作ろうと九六年ごろ、畳表と畳床の間に敷く防虫紙の農薬をヒノキの天然成分に切り替え、畳表に着色料も使わない畳を商品化した。敷きわらや肥料として古畳リサイクルにも取り組む。「市が応援してくれるし、無農薬茶の生産者など頑張っている人が周りにいる。『自分たちもせんばいかん』と刺激を受けた」

 市南東部の頭石地区(四十世帯)は〇二年、ありのままの山里の暮らしを都市住民に紹介する市の「村丸ごと生活博物館」の第一号に指定された。棚田や湧水(ゆうすい)地など“名所”を案内し、地元野菜の田舎料理もふるまう。代表の勝目豊さん(66)は「訪れた人に感動してもらえると、頭石の良さを再発見させられる。住民のやる気も出て遊休農地が減り、景観保全にもつながる」と効果を口にする。

 公式確認から五十一年目に入った水俣の次の一手は。吉本さんは「環境モデル都市という哲学は既にある。後はどう実践するか。そのためには市民が自由に議論する場が必要」と強調する。

 今年四月、吉本さんの呼び掛けで市職員や農家、地域づくりに取り組む市民らが集まり、「水俣もやい会議」が発足した。自由参加の緩やかな組織で、テーマはそれぞれが持ち寄る。これまで、犠牲者慰霊式のあり方や資料館の展示内容などについて話し合った。「これからは市民が役割を分担し、自分で考えて行動する自治の力が問われる。もやい会議を拠点に、環境をベースとして産業と生活文化を元気にする水俣づくりを目指したい」と吉本さん。

 水俣病の重い教訓を受け継ぎながら、新たな地域づくりに向けて行動を起こす市民の輪が一つずつ広がっている。=完 (第13部は渡辺哲也、田口貴一朗、星原克也が担当しました)


熊本日日新聞2007年6月2日朝刊

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